深夜のテンション恐るべし…鎌倉御所で御家人たちが大喧嘩、死者まで出る非常事態に【鎌倉殿の13人】 (2/4ページ)
しかし一体、何が原因なのか(イメージ)
「「おやめ下され……ギャアっ!」」
喧嘩を止めようと割って入ったそれぞれの郎従がたちまち斬り殺され、侍所は血に染まります。
「「「すわ、何事だ!」」」
騒ぎを聞きつけた御家人たちが喧嘩か謀叛かと御所へ大集合したため、あっという間に鎌倉じゅうが大騒ぎ。今にも合戦が始まりそうな勢いです。
「鎮まれ、静まれ!」
駆けつけた佐々木義清(ささき よしきよ。五郎)が伊達・萩生の両名を捕らえて侍所別当の和田義盛(わだ よしもり)に引渡し、現場に来ていた者たちへ事情聴取を執り行ったのでした。
喧嘩の原因は「枕相論」晴。去夜鬪乱者。宿直之間起於枕相論。刄傷二人者。伊達四郎。萩生右馬允等也。死者兩方郎從也。今日各配流。伊達佐渡國。萩生日向國云々。御所中狼藉。殊依有其咎。及急速沙汰云々。
※『吾妻鏡』建暦2年(1212年)6月8日条
明けて翌朝。取り調べの結果、伊達と萩生の争った原因は「枕相論(まくらそうろん)」とのこと。
この枕相論の解釈には諸説ありますが、色恋ごとであるとも、枕の位置≒宿直に際してどこで寝るかで争ったなどとも言われます。
もし前者であるなら「あの鎌倉殿にお仕えしている女房、可愛いな」「あやつはそれがしが狙っておるのだ、そなたにはやらぬ!」「何だと!そう言うわぬしの女でもあるまいに」……的な話しをしていたのでしょうか。
あるいは後者だとしたら「おいどけ、そこはそれがしのお気に入り仮眠スポットなのだ」「何だと!そなたに占有権があるわけでもなかろうに」……なんてやりとりがあったのかも知れません。