深夜のテンション恐るべし…鎌倉御所で御家人たちが大喧嘩、死者まで出る非常事態に【鎌倉殿の13人】 (3/4ページ)

Japaaan

斬り合う伊達四郎と萩生右馬允(イメージ)

いずれにせよ大の大人が殺し合いをおっ始(ぱじ)めるようなテーマでなかったことは想像に難くないでしょう。

「バカモン!鎌倉の治安を守るべき侍所での乱闘騒ぎ、決して看過できるものではない。よって此度は死一等を減じ、伊達は佐渡国(現:新潟県佐渡ヶ島)へ、萩生は日向国(現:宮崎県)へそれぞれ遠流に処す!」

事態を重く見た鎌倉殿・源実朝(みなもとの さねとも)はなかなか例を見ないスピード判決を下し、両名を遠流(おんる。遠国へ流罪とすること)に処したのでした。

終わりに

晴。依去月刄傷事。可被造替御所侍之由。相州。大官令等令致沙汰。而雖無其儀。不可有憚之旨。雖有計申之輩。不能御許容。仰千葉介成胤。可造進之由。被定之云々。

※『吾妻鏡』建暦2年(1212年)7月2日条

その後、実朝は流血事件によって穢れてしまった侍所の建て替えを命じます。

「えぇ~……ちょっと予算が……ねぇ?」

「占いによれば、(建て替えなくても)特に支障はないとのことでしたし……ねぇ?」

北条義時(ほうじょう よしとき。相州)と大江広元(おおえ ひろもと。大官令)は無駄な出費を渋りましたが、実朝は引き下がりません。

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