さらば仲本工事!ドリフターズよ永遠なれ…昭和を揺るがせた爆笑エピソード (3/3ページ)

日刊大衆

仲本さんは、ケガが多くて、体が“工事中”だからという理由だそうです」(前出の放送作家)

 ビートルズの日本公演で前座を務めたのはその翌年。前後して、テレビのバラエティ番組に出演するようになり、人気を集めていく。

「そんな頃、冬の寒い日に、いかりやさんの自宅前で、半日間、立ち尽くしている少年がいました。若き日の志村けんさん(享年70)です」(前同)

 夜が更けて、雪の降る中、ようやく帰宅したいかりやに、志村は弟子入りを直談判。ちょうど欠員が出ていたため、ドリフの付き人になることが認められる。

 ドリフを国民的人気者にする生放送の公開番組『全員集合』の放送開始は69年10月。だが、番組プロデューサーだった居作昌果氏は、著書『8時だョ!全員集合伝説』(双葉文庫)で、こう記している。

〈グループを使ってバラエティをやるのなら、クレージーキャッツでやるべきだ、という意見も多かった〉

 だが、フタを開けてみれば、視聴率はうなぎ上りに。その立役者は加藤だろう。

〈加藤の笑いに対する運動神経のよさは、抜きん出ている。天才的である〉(前掲書より)

 子どもの人気者だった加トちゃん。特にバカ受けしたのは、あのギャグである。

「広島で関係者にストリップ劇場に連れて行かれたドリフは、他の客にバレないように最前列で見ていました。そのとき、舞台のお姉さんが口にしたんです。“ちょっとだけよ、あんたも好きねえ〜”。それが鉄板ギャグに」(前出の芸能記者)

 10月31日発売の『週刊大衆』11月14日号では、これまで仲本工事が明かしていたドリフメンバーに対するインタビューも掲載している。

「さらば仲本工事!ドリフターズよ永遠なれ…昭和を揺るがせた爆笑エピソード」のページです。デイリーニュースオンラインは、高木ブーいかりや長介仲本工事小柳ルミ子8時だョ!全員集合カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る