博多華丸「いずれは福岡に帰って、朝のラジオをやりながら、週末は漫才をやるような生活ができたらいいなぁ」【人間力】インタビュー (2/3ページ)
■50歳で新しいことをやるのは楽しかった
昨年、博多座と大阪の新歌舞伎座で上演した『羽世保スウィングボーイズ』という舞台も、僕にとって大きな挑戦でした。今度は演技だけではなく、タップダンスと和太鼓も舞台上でやるというので、何か月も前から必死で練習しました。でも、50歳で新しいことをやるのは楽しかったですね。特にタップは「踊るって楽しか〜」って思ったほど。ただ、舞台で踊ったのは1曲だけ。だから、もっと踊りたいなと、タップのレッスンを続けていたんです。
そしたら今年、東京・明治座での上演が決まって、文字通り躍り上がって喜びました(笑)。自分で言うのもなんですけど、本当に面白い作品なんですよ。歌あり、タップあり、和太鼓ありの盛りだくさん。だけど、胃もたれしない。ぜひ観ていただきたいですね。
ちなみに、セリフはほぼ博多弁です。よく「博多弁を全国区にしたのは華丸大吉だ」なんて言ってもらえて、僕らもその気になっていたんですが、あるとき武田鉄矢さんから「レールを敷いたのは俺やけんね」と釘を刺されました(笑)。
芸人としては、コンビ結成から30年以上がたちますが、もう十分ですね(笑)。今の状況は、良すぎますよ。“そろそろ着陸態勢に入ってもいいんじゃないか”と思いますね。いずれは福岡に帰って、朝のラジオをやりながら、週末は漫才をやるような生活ができたらいいなぁ、と。
ただ、もともと上京したときには、“『エンタの神様』に出るまでは帰られん!”って思っていたんです。でも、まだ出れていない。だからまだ帰るわけにはいかんですよね。
もし、今後も俳優の仕事もやらせてもらえるなら、「70歳のじいさんをやらせたら、華丸さんが一番やね」と言われるような役者になれたらいいですね。