【餅の歴史】「お餅」は縄文時代に伝わった?神聖なイメージから東西の丸餅・角餅の発生まで (2/5ページ)

Japaaan

赤米(Wikipediaより)

当時の餅は、丸くて大きな平たいものだったと考えられています。白い餅は縁起のよい白鳥を連想させることから、粗末に扱ってはいけないと考えられていたのでしょう。

現在でも、餅という食べ物には独特の特別さがありますね。

鏡餅から全国へ

さて平安時代には、満月のような形の平たい餅を、三種の神器のひとつである銅鏡の形に似ていることから鏡餅と呼ぶようになりました。

また、満月は望月とも呼ぶことから、鏡餅を拝むと望みをかなえられると信じられていたようです。そのため、正月にやってくる年神様に福と徳を重ねがさねよろしく頂くという意味を込めて、二段重ねで床の間に供えるようになったのです。

鏡餅の形については、人の魂がこもる心臓を模したという説や、人間関係が円満であることを表しているという説もあります。

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