戦国時代きってのタフネス!毛利元就のパワーの源となった食事術とは?【前編】

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戦国時代きってのタフネス!毛利元就のパワーの源となった食事術とは?【前編】

戦国時代きってのタフネス

毛利元就(もうりもとなり)といえば超有名な戦国武将で、大河ドラマでもおなじみです。彼は75歳で没しましたが、それまでに200以上の合戦を潜り抜けて、中国地方のほとんど全域を、なんとたった一代で支配下に置いています。

毛利元就(Wikipediaより)

そのパワフルさ・タフさ・エネルギッシュぶりは、まず平均寿命が30歳代とされていた戦国時代に75歳まで生きた事実や、71歳の時に末子が生まれていることからも窺い知れます。

あの時代、戦国武将たちのトップに立つにはこれくらいのバイタリティが必要だったということでしょう。

さて、そんな元就のパワーの源となった食べ物のひとつが「餅」です。毛利家三代の事蹟を記した『吉田物語』によると、彼は餅を理想的な兵糧として捉えていたそうです。

杵つき餅

確かに餅は腹持ちがよく、米飯よりも効率的です。米飯は食後2~3時間で消化され切るので空腹になりますが、米を圧縮している餅なら、さらに長時間スタミナが保たれるでしょう。

餅の持つ霊的パワー

特に「餅」が元就にとって役に立ったと言われているのが、1555年に起きた厳島の戦いです。彼はこの時、現在の山口県にあたる周防国の大軍と一戦交えたのですが、相手が約2万人の大軍だったのに対し、元就軍は3千人程度でした。

この時の戦いでは、もちろん元就はさまざまな謀略を巡らせたのですが、それ以外にも兵糧として餅を採用していたことから勝利を収めることができたのだろうと思われます。

米飯には、重要なエネルギー源である炭水化物が含まれていますが、前述のとおり、餅はその米をさらに圧縮しているので、同じ分量でもかなりの高カロリーになります。

もちろん、当時は細かい栄養素のことなど分からないでしょうから、元就は餅がエネルギー源として最適であることを体で分かっていたのでしょう。

吉田郡山城の毛利元就墓所

もともと、餅には古代から霊的・神秘的なパワーが宿っているというのが、古代からの日本人の考え方です。現代では半ば迷信と言えますが、それでも、今だってお祭りやお祝いなどにふさわしい食べ物として扱われています。

案外、昔の人は、エネルギー源としての餅のすばらしさを何となく体感していたのかも知れません。そんなイメージも加わって、餅は聖なる食べ物と考えられたのではないでしょうか。

【後編】では、戦国時代を代表する名医・曲直瀬道三と元就の関係も絡めて解説します。

参考資料
永山久夫「賢食物語第11話 賢人たちの食術 「毛利元就」と「五味五色」」

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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