不義密通を疑われ…彼女の腹から出てきたのはなんと!義時の姉妹・北条時子の悲劇【鎌倉殿の13人 外伝】 (2/3ページ)
……足利三郎義兼嫁于北條殿息女……
※『吾妻鏡』治承5年(1181年)2月1日条
文治5年(1189年)には嫡男・足利義氏(よしうじ)を生んだほか、子宝に恵まれたものの、やがて彼女を悲劇が襲います。
夫の義兼が鎌倉へ出仕していたある日、喉の乾いた時子が侍女の藤野(ふじの)に汲ませた水を飲みました。すると腹がふくれ出し、たちまち妊婦のようになってしまったのです。
「さて、これはどうしたことか……?」
やがて義兼が鎌倉での奉公から帰ってくると、藤野は根も葉もないことを言い出しました。
「わたし見ました。御台所が又太郎(足利忠綱)殿と通じていらっしゃるのを!」
お腹がふくれているのはその子供を宿しているから……いきなり何を言い出すのか、必死に否定する時子でしたが、義兼は信じてくれません。
「むきになって否定するところを見ると、怪しいのぅ」
このままでは不義密通の既成事実が広がってしまう……汚名を受けて永らえる命に何の価値があろう、と時子は自害してしまいました。
エピローグ「私が不義の子をなしたか否か、その目でしかと検(あらた)めよ!」
……果たして遺体を解剖させたところ、時子の腹からはびっしりと大量の蛭(ヒル)が出てきたと言います。