「前は年上が2人いた」SMAPを語る稲垣吾郎と「激ヤセ極秘入院」中居正広の「ビンタ&2人ゴルフ」の独特すぎる絆 (2/5ページ)
《前は年上が2人いたから、自分でも“中間管理職みたいだ”って冗談で言ってました(笑)》
ちなみに、この質問の前には、
《前はグループだったので、どうしても5人対ゲストの方だったけど、一対一でより深くお話しできるのも楽しいよね》
と、やはりSMAPについて言及していたのだ。
「稲垣さんといえば、SMAP解散後も隙あらば、という感じでSMAP時代の思い出やメンバーについて語ることが多いことで知られています。
SMAPへの愛が人一倍強いゆえなのかもしれませんが、稲垣さんは同時に昔からかなりのマイペースだった。解散前も現在もメンバー間との付き合いやスタンスがまったく変わらなく感じるのは、そういう性格も影響しているのかもしれません。
ただ、あまりにマイペースすぎて、若いというか子どもの頃は中居さんを激怒させてしまったこともありましたけどね(笑)」(前同)
SMAPが結成された時期は、世間的に歌番組がどんどん終了していた“アイドル冬の時代”だった。
売れる方法を模索していたCDデビュー前のSMAPメンバーたちは、常に体当たりでどんなロケにも果敢に挑んでいて、1989年のバラエティ番組『アイドル共和国』(テレビ朝日系)でも「絶叫マシンに乗ってレポートする」という体当たり系の企画があった。
■「完全拒否」から他人に合わせられるまでに成長
メンバー全員やる気があったが稲垣だけは「俺はやらないよ、俺は絶対にやらない」と、ジェットコースターへの乗車を拒否。
収録は中断し、中居が稲垣を説得するも稲垣はゴネるどころか「嫌なんだよ!」と持っていた手鏡を投げる始末。これに激怒した中居が「ふざけんなっ! 仕事なんだよ」とビンタをしたのである。