沖縄の戦国「三山時代」!尚氏の歩んだ琉球統一までの険しい道のり【後編】 (2/2ページ)

Japaaan

南山王・他魯毎(たるみい)は暴君の呼び声高く、領地の人民にあまり人気がなかったといいます。今回も南山王国を北山の時のように内側から崩壊させられるのではないか。そう考えた尚巴志は策略を練ります。

そして南山の領民にとって生活に欠かせない貴重な水源であった嘉手志川に目を付けたのです。尚巴志はある時、他魯毎にこういう話を持ち掛けます。「そなたの領地の嘉手志川と我が宝の金の屏風とを交換しないか?」と。

ついに琉球統一

領民の事を第一に考える王であれば、もちろん金の屏風ごときと領民の生命線である湧き水の川を交換するはずがありません。しかし他魯毎は私利私欲が最優先の暴君です。

南山の領民の事など顧みず、なんとこの話に飛び付き、ついに川の利権を引き換えに宝物を受け取ってしまいます。領民たちはいよいよ他魯毎に失望。君主としての信頼を完全に失ってしまいます。

1429年、尚巴志はついに南山王他魯毎を滅ぼして第一尚氏王統による琉球王国最初の統一王朝を成立させました。

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「沖縄の戦国「三山時代」!尚氏の歩んだ琉球統一までの険しい道のり【後編】」のページです。デイリーニュースオンラインは、琉球王国尚氏三山時代戦国時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る