若き松平元康の一大ミッション!桶狭間の前哨戦「大高兵粮入」とは【どうする家康】 (2/3ページ)

Japaaan

元康)よ、そなたが肯(うけが)うと申すか」

今川方の軍議において、義元は元康に尋ねました。

「烏滸がましくも、誰かがやらねばならぬなら、進み出るのが奉公人の務めにございます」

織田の軍勢に包囲された大高城では、鵜殿長持(うどの ながもち。長助)が飢えに苦しみながら死守しています。

「者ども、聞いたか。齢十八の蔵人に先を越されて、恥ずかしいとは思わぬのか!」

元康の心意気に感心する義元(イメージ)歌川国政筆

少しでも自軍の損害を出すまいと、先刻よりずっと肩をすぼめていた今川諸将は更に小さくなるばかり。

「畏れながら、方々は若輩者のそれがしに花をお持たせ下さいましてございます」

押しつけられた、の間違いではないのか?内心苦笑しながら、義元は元康を激励します。

「……言いおる。持たされたのが花となるよう、抜かりなく励めよ」

「ははあ……」

そんなやりとりが実際あったのかどうか、ともあれ元康は「大高兵粮入れ」の難任務をみごとにやり遂げました。

これが後に「海道一の弓取り」と称された家康の武略はじめとして、広く天下に知られるところとなったのです。

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