天下人・徳川家康を支えた重臣たち!「徳川四天王」を一挙ご紹介【どうする家康】 (5/6ページ)

Japaaan

忠勝のような家臣を持った家康は、さぞ果報者だったことでしょう。

井伊の赤鬼・井伊直政

井伊直政/Wikipediaより

最後に紹介するのは徳川四天王最年少の井伊直政です。

直政は他の3人と違い、家康の家臣になったのは天正3年(1575)と、非常に遅いものでした。そんな身でありながら、直政が徳川家の重臣になれたのは、天正10年(1582)の天正壬午の乱での後北条家との講和交渉がきっかけでした。

交渉により、旧武田領である信濃国と甲斐国を取得すると、直政は家康から旗本先手役の侍大将に任命されます。その際に旧武田家臣たちも直政の軍に加わることに。

この時、直政は武具全てを赤に統一した山県昌景の武田の赤備えにならい、井伊の赤備えとして継承しました。

武田四天王だった山県昌景/Wikipediaより

また、直政の性格は冷静沈着で寡黙であり、自他共に厳しい性格。

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