斎藤道三は油売りにあらず!?実は親子二代で成し遂げられた「国盗り」の真実【前編】 (2/3ページ)

Japaaan

「油売り」は父親の方

斎藤道三という人物の生涯は伝説的で、油売りという低い身分から国盗りに至ったというドラマ性とダイナミズムによって、多くの人の心をつかんだと言えるでしょう。

斎藤道三像(Wikipediaより)

しかし実際には、彼の国盗りは、道三が一人で成したものではなく、父の長井新左衛門尉との二代に渡る乗っ取り行為でした。

まずポイントは、歴史上、もともとは油売りの商人だったと言われているのは道三ではなく、長井新左衛門尉の方だったということです。

これは『六角承禎条書写』という文書によって明らかになったことです。道三の父は、最初は油の商人だったのですが、その後武将として仕えることになったのでした。そして、彼の作った地盤を足掛かりに、息子の道三は成り上がっていったのです。

父の地盤を継ぐ

長井新左衛門尉はもとは油売りをしていたとも、京都・妙覚寺の僧侶だったともいわれています。そして、美濃守護だった土岐氏の家臣だった長井氏に仕えるようになりました。

この長井氏のもとで勘九郎は頭角を表し、上述の長井新左衛門尉へと改名します。そして、土岐市の三奉行のポジションまで上り詰めました。

そして道三が登場します。新左衛門尉は1533年に没しますが、その家督を継いだ息子・長井新九郎がのちの斎藤道三です。

この、父親によって整えられた地盤を踏み台にして、道三は戦国大名として名を上げていくことになります。

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