今見る大阪城は徳川時代の再建だった!秀吉時代の大坂城を徹底破壊して築城した近世要塞の見どころ【どうする家康】 (2/8ページ)

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写真:高野晃彰

ちなみに、豊臣氏の大坂城は、徳川の大阪城の5倍の広さがあったと推定されています。豊臣氏の大坂城は完全に破壊されていますが、城跡の周囲や現城跡にその面影を留めているものもあり、そうしたスポットを探して大坂城の歴史散策も楽しいものです。

城内は各所に案内板が設置されています。城址散策の際は、これを活用すると迷うことなく見どころをめぐることができるので、細かくチェックすることをおすすめします。

今は博物館として約9千点を越える文化財を所蔵する天守閣

徳川時代の天守台の上に、豊臣時代の天守閣を模して鉄筋コンクリートで再建。
館内は歴史博物館になっており、多数の文化財を所蔵していて、観賞することができます。

写真:高野晃彰

鉄張りの堅固な造りの正門・大手門

徳川大阪城の正門。1628(寛永5)年に渡櫓型の櫓門と高麗門からなる枡形門として建築されました。多門櫓・千貫櫓・塀三棟を含め国の重要文化財に指定。一見簡素に見えるものの、正面に立つと鉄張りの堅固な造りであることがわかります。

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