夏目広次(演:甲本雅裕)が果たした「大きな使命」とは?三方ヶ原の武勇伝【どうする家康】 (2/3ページ)
要は「三方ヶ原で武田に敗れた際、家康の逃げる時間を稼いで討死した」ということですが、ただそれだけではなかったのです。
……夏目永禄のむかしは一向門徒に組し、御敵して生取となりしが。松平主殿助伊忠此もの終に御用に立べき者なりと申上しに。其命たすけられしのみならず。其上に常々御懇にめしつかはれしかば。是日御恩にむくひんとて 君敵中に引かへしたまふをみて。手に持たる鑓の柄をもて御馬の尻をたゝき立て。御馬を浜松の方へをしむけ。その身は敵中にむかひ討死せしとぞ……
※『東照宮御実紀』巻二「三方原戦(大戦之二)」より
【意訳】夏目広次は永禄のころ、三河一向一揆(永禄6・1563年~同7・1564年)において一揆勢へ寝返り、生け捕りにされた。松平伊忠(まつだいら これただ。主殿助)は「この者はいつかきっとお役に立つから」と助命を嘆願。
聞き入れられてまた昔のように忠義に励んでいたが、此度の三方ヶ原で「今日こそ命を救っていただいた御恩に報いる時」と敵中へ向かう家康を救出に向かった。
家康をつかまえた広次は、槍の柄で家康が乗っていた馬の尻をぶっ叩いた。