「安くてうまいたこ焼きは師弟の絆の証!」大平我路「師匠のたこ焼き屋を受け継いだ芸人の巻」珍談案内人・吉村智樹のこの人、どエライことになってます!
関西に生息するアヤシくてオモロい人たちに、大阪出身・京都在住の人気ライター・吉村智樹が直撃インタビュー!
■大阪で評判のたこ焼き屋店主はレジェンド芸人の最後の弟子!
大阪ミナミの相合橋筋に「安くて、めっちゃうまい!」と評判のたこ焼き屋がある。それが「蛸焼依屋文左衛門」。
たっぷりと玉子を使った生地はリッチな味わい。「柚子こしょう」「梅ダレ」など変わり種メニューも豊富。それでいて全種類とも6個でたったの300円(税込)。目の前が道頓堀という超一等地で、この低価格は奇跡と言って大げさではない。
「独自にブレンドした粉を特注しています。粉にしっかり味があるから冷めてもおいしいですよ」
そう語るのは店主の大平我路さん(44)。彼は実はピン芸人。2012年2月9日に55歳の若さで急逝した太平シローの最後の弟子なのだ。そのため店内の壁には漫才ブームで一世を風靡した太平サブロー・シローの写真や生前の貴重な資料が多数掲げられている。まるでシロー・ミュージアム。
「師匠が『笑っていいとも!』に出演した際の台本など遺品を数多く保管しています。“見たい”という方がいらっしゃれば、お見せすることも可能です」
太平シロー氏は生前、ミナミに4軒の店を構える実業家でもあった。言わば、このたこ焼き屋は亡きシロー氏の形見。芸だけではなく店まで継承した弟子は珍しい。
大学時代から「就職活動のつもりで」吉本興業の養成所に通っていた彼。同期に友近がおり、一気にブレイクした彼女の背中を見て、「今の自分には、あそこまでの売れる要素がない。地道にコツコツやっていこう」と“我が路み ち”を歩む決意をする。
■厳しかった師匠の言葉は今も胸に…
卒業後は伊勢戦国時代村(現:伊勢忍者キングダム)に寝泊まりしながら忍者ショーで実力を蓄え、大阪に戻ってからは、なんばグランド花月の進行係として働く。裏方としての生まじめな仕事ぶりがシロー氏に認められ、師事する運びとなった。
「師匠からネタのアドバイスをもらうと、見違えるようによくなる。“芸で一時代を築いた人の元でしっかり修業したい”と考え、弟子入りしました」
いざ入門してみると、シロー氏のしつけは想像以上に厳しかった。特に厳格だったのが礼儀作法と身だしなみ。弟子が座るべき位置を間違えると、こっぴどく叱られた。だらしない格好をして注意された経験も多かった。
「ぼろぼろの靴を履いていて、靴底のゴムがはがれた日があったんです。それを見た師匠から“汚い靴を履くな。芸人たるもの足元から気を遣え”と怒られ、罰として坊主になりました。師匠がなぜあんなに怒ったのか、今なら分かります。見た目の清潔さに気を遣えない芸人は、お客さんにも気を配れないですから」
弟子時代は、まるでたこ焼きのように3度も頭を丸めたという我路さん。もうすぐシロー氏の11周忌。古きよき師弟の絆が今も味わえる店なのだ。
よしむら・ともき「関西ネタ」を取材しまくるフリーライター&放送作家。路上観察歴30年。オモロイ物、ヘンな物や話には目がない。著書に『VOW やねん』(宝島社)『ジワジワ来る関西』(扶桑社)など