「どうする家康」伊賀&甲賀の忍び対決が魅せた第6回放送「続・瀬名奪還作戦」振り返り

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「どうする家康」伊賀&甲賀の忍び対決が魅せた第6回放送「続・瀬名奪還作戦」振り返り

第1回放送「どうする桶狭間」以来、約2年ぶりの再会を果たした松平元康(演:松本潤)と瀬名(演:有村架純)。

2週にわたる奪還作戦はどうにか成功、服部半蔵(演:山田孝之)がリベンジを果たし、本多正信(演:松山ケンイチ)も名誉挽回といったところでしょうか。

今週の見どころは何といっても忍びたちの活躍。伊賀と甲賀(こうか)の競演によってみごと勝利を収めました。ほとんど創作ですが、野暮は言いっこなしに願います。

それでは今週も、NHK大河ドラマ「どうする家康」第6回放送「続・瀬名奪還作戦」を振り返っていきましょう。

上ノ郷城の攻略と人質交換

於大の方(演:松嶋菜々子)のゴリ押しによって上ノ郷城攻めの総大将となった久松長家(演:リリー・フランキー)。見るからに自信なさげで、劇中ではみっともなく敗退していたものの、実際にはちゃんと攻略しています。

半蔵たちの活躍もあって、みごと上ノ郷城を攻略した久松長家(イメージ)そもそも、総大将が最前線に出ることはあまりない。

戦後は劇中どおり上ノ郷城を与えられ、これを次男の松平康元(まつだいら やすもと)に譲りました。

劇中では城主の鵜殿長照(援:野間口徹)が自刃してしまいましたが、『徳川実紀』によると長照を生け捕りに。また『三河後風土記』では伴与七郎(演:新田健太)が長照を討ち取ったことが記されています。

……味方また今川方西郡の城をせめて鵜殿藤太郎長照を生どる。長照は今川氏真近きゆかりなれば。氏真これを愁る事甚だしき様なりと聞て。石川伯耆守数正謀を設け。かの地にまします若君と長照兄弟をとりかへて。若君をともなひ岡崎にかへりしかば。人みな数正が今度のはからひゆゝしきを感じけり……

※『東照宮御實紀』永禄四年-同七年「永禄四年元康與信長同盟」

石川数正(演:松重豊)の知略によって人質の交換がなされ、竹千代(後の徳川信康)はぶじ岡崎へ帰ってきたのでした(瀬名たちは既に岡崎へ戻っており、人質に残っていたのは竹千代だけだったとの説も)。

甲賀忍び・伴与七郎について

寄せ集めだった伊賀忍びの残党に対して、甲賀忍者の手練れを率いてやってきた伴与七郎(ばん よしちろう)。

細かいことですが、余所者の本多正信が「こうが」と呼んでいたのに対して与七郎は「こうか」と名乗っていた辺りにこだわりが感じられます。

伴与七郎の武勲(イメージ)

『三河後風土記』によると、上ノ郷城攻めにおいて同族と思われる伴太郎左衛門資家(たろうざゑもんすけいえ)ら忍び80余名を率いて潜入しました。

……城の守将長持ハ城の北方護摩堂の方へ迯行所(にげゆくところ)を伴與七郎資定(ばん よしちろうすけさだ)懸寄突伏て首を取る……

※『改正三河後風土記』巻第八「西郷落城鵜殿長照生禽付信康君人質替の事」

※西郷城とは西郡の上ノ郷城を指します。

鵜殿長照(上文中の長持=長照の父は既に死んでいるため誤り)を討ち取る大功を立てたほか、長男の鵜殿氏長(演:寄川歌太)を生け捕ったとも言われ、弟の鵜殿氏次(演:石田星空)ともども人質交換の材料とされました。

そして与七郎はこの時の武功につき、元康より感状を賜わったと言います。

今度鵜殿藤太郎其方被討取、近比御高名無比類候。我等別而彼者年来無沙汰候。散心霧弥祝着申候。委細左近・雅楽助可申候。恐々謹言
二月六日 松蔵元康(花押)
伴与七郎 参

※「鵜殿系図」伝巻之九

【意訳】こたび、そなたが鵜殿藤太郎(長照)を討ち取ったことは近ごろ比べもののない功名である。我らはかねて鵜殿と対立しており、心の霧が晴れて実にめでたい。恩賞については松井忠次(左近)と酒井正親(雅楽助)から伝えさせる。以上、謹んで申し上げる。

史実ではこれっきりの活躍ですが、せっかくなので大河ドラマではもっと暴れ回って欲しいところです。

服部半蔵の武功と、育まれる仲間たちとの絆

いっぽう、半蔵も負けてはいません。『寛政重脩諸家譜』によると、宇土城(上ノ郷城)攻めに際して伊賀忍び60~70名を率いて城内に潜入。こちらも武功を立てました。

服部半蔵、16歳の奮闘(イメージ)

正成 半三 或は半蔵 石見守 母は某氏。

父に継で東照宮につかへたてまつり、三河国西郡宇土城夜討の時、正成十六歳にして伊賀の忍びのもの六七十人を率ゐて城内に忍び入、戦功をはげます。これを賞せられて御持鎗 長七寸八分■鎬 を拝賜す……

※『寛政重脩諸家譜』巻第千百六十八 服部氏 服部

劇中では寄せ集めの40名(ほとんど戦力外)という描写でしたが、実際にはちゃんと精鋭を率いて戦ったのです。

忍びの性質上、どんな活躍をしたのかまでは残っていないものの、確かに手柄を立てて恩賞に槍を賜わりました。

大河ドラマでも、この辺りも演じて欲しかったところですが、女大鼠(演:松本まりか)や大山犬(演:キャッチャー中澤)たちと育まれつつある伊賀忍びの絆が好印象でした。

いつか半蔵も、忍びの任務に誇りを持てるようになるといいですね。

榊原康政の初陣、実はもう少し先

第2回「兎と狼」の出会い以来、元康の小姓として仕えていた小平太(演:杉野遥亮)。今回の上ノ郷城攻めで初陣を果たそうと意気込んでいました。

榊原小平太(康政)。清親筆

同い年の本多忠勝(演:山田裕貴)に追いつき追い越そうと奮戦していたものの、残念ながらこれはフィクション。小平太の初陣は翌年(永禄6・1563年)になります。

康政

童名亀 小平太 式部大輔 従五位下 母は道家氏が女。
天文十七年三河国上野に生る。永禄三年大樹寺にをいてはじめて東照宮に拝謁し、これより仰によりて御傍ちかくつかへたてまつる。時に十三歳 六年一向の門徒蜂起のとき、上野の合戦に初陣し、敵と鎗をあはす。の御諱の字をたまひ、康政とめさる……

※『寛政重脩諸家譜』巻第百 清和源氏 義家流 足利支流 榊原

ともあれ、あり合わせのモノを身体じゅうにくっつけて甲冑の代わりとした小平太。腰に「無」と記されたザルが吊るされていたのは、後にこれが旗印のヒントになるのでしょう。

「無」の意味には諸説あり、家康に無二無三の忠義を尽くし、無私無欲に奉公する意気込みなどと言われています。

デビューこそ忠勝に後れをとったものの、小平太の活躍は目覚ましく、永禄7年(1564年)の吉田城攻めに際しては忠勝や鳥居元忠(演:音尾琢真)らと共に先鋒を務めました。

今後よきライバルとして成長し、やがて徳川四天王の一人に数えられる小平太(榊原康政)に注目です。

瀬名、両親との別れ

「お瀬名、強くおなり……」

瀬名たちを助けるため、今川に残って罪を負う(処刑される)ことを決断した巴(演:真矢ミキ)と関口氏純(演:渡辺篤郎)。

関口氏純の切腹(イメージ)

『松平記』によると永禄5年(1562年)に関口氏純は切腹。巴(関口夫人)も後を追ったと見られますが、今川氏真(演:溝端淳平)は永禄9年(1566年)に関口伊豆守の知行に関する文書を発給しています。

当時、関口一族で氏純意外に伊豆守を称していた者はおらず、恐らくそのころまでは生きていたのでしょう。

それにしても、今川義元(演:野村萬斎)亡き後に家臣たちが次々と離反する様子って、劇中で言及がありましたっけ?別に元康以外は離反していなかったような……。

昔から暗君の代名詞として知られている氏真ですが、家臣たちの心が離れていく描写も時間をとって欲しかったと思います。

また忠臣・岡部元信(演:田中美央)が心ある家臣の一人として描かれていたのは嬉しかったですね。彼は後々まで活躍するので、これからも注目です。

氏真もまた、偉大な父の遺影に葛藤する一人として、共感する方も少なくなかったのではないでしょうか(なお、劇中における非道な所業はほぼフィクション。ご安心ください)。

次週・第7回放送「わしの家」

かくして妻子を取り戻した元康は、これで心おきなく今川氏真と雌雄を決することになりますが、その前に三河一国の足固めをせねばなりません。

元康から家康へ

仲間や領民みんなが安らげる家のような国づくりを目指す。そんな願いを込めて元康は家康と改名するのでしょう。

また一向門徒との確執が描かれ、永禄6年(1563年)から同7年(1564年)に及ぶ三河一向一揆の幕開けが予想されます。

忍者軍団の活躍によって面白くなってきた「どうする家康」、次週の展開が楽しみですね!

※参考文献:

『NHK大河ドラマ・ガイド どうする家康 前編』NHK出版、2023年1月 蒲郡市教育委員会 編『蒲郡市誌』蒲郡市、1976年 『寛政重脩諸家譜 第1輯』国立国会図書館デジタルコレクション 『寛政重脩諸家譜 第7輯』国立国会図書館デジタルコレクション 『徳川実紀 第壹編』国立国会図書館デジタルコレクション 『改正三河後風土記 上』国立国会図書館デジタルコレクション

トップ画像: 大河ドラマ「どうする家康」公式サイトより

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