病床に伏し常に死と隣合わせだった正岡子規と僧侶・清沢満之 (2/3ページ)

心に残る家族葬

現代では最も受け入れやすい考え方といえる。そして第三の道。これは壮絶である。某氏は苦しいなら、ただ苦しむだけ苦しめと言っている。見苦しくても周囲に迷惑をかけても、気にせず格好つけず、人間の弱さをすべてさらけ出して死ねということだろう。

■正岡子規の反応

子規はこの手紙に心を獲えられたとした上で、「『現状の進行に任せる』よりほかはないのである。号叫し煩悶して死に至るよりほかに仕方のないのである」と書いている。某氏の選択肢でいえば、今は第二の道に入っており、いずれは第三の道へということになるだろうか。

某氏はかつて自らも瀕死の境にあり「第二の工夫」によって「宗教的救済」を得て精神的に救われたと書いている。この某氏は真宗大谷派の僧侶で、宗教哲学者の清沢満之(1863〜1903)であるとされているが確証はない。清沢ではなく、弟子の暁烏敏(1877〜1967)であると推測する声もある。だが、某氏が清沢・暁烏のいずれであるとすれば、この手紙はどちらにせよ、浄土真宗の僧侶によるものということになる。つまり僧侶たる者が、第一の道である如来の存在を信じることができなかったことになる。それにも関わらず「宗教的救済」を得たとはどういうことなのか。

■信じることが苦手な人間にこそ

浄土真宗の祖・親鸞の思想をまとめたとされる「歎異抄」には、著者の唯円が師・親鸞に、どうしても如来の救いや極楽往生を信じきれないと詰め寄る場面がある。これに対して親鸞は“自分もそうだ、そんな愚かな存在だからこそ救われるのだ”と応えた。人間は痛み苦しみに弱い悲しい生き物である。ただ苦しめばよい。救いとは苦しみとセットである。苦しいから救われる。苦しみがなければ救いもない。如来は如来を信じきれない、追い詰められた人間こそを救ってくれると説く。浄土真宗の本尊は阿弥陀如来だが、他宗派と異なるのは例外なく立像で、やや前のめりになっている。これは今にも救いにやってくる、救わずにはいられない如来のテンションが表現されているのだ。歎異抄は宗派内で危険な書とされていた。確かに信仰を持てない人間こそ救われるなどと説いているのだから教団としては極めて扱いにくい。清沢はその歎異抄を近代の世に広めた人物だとされている。

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