【三河一向一揆】裏切った家臣たちをどうする?許す?家康の決断やいかに【どうする家康】 (4/4ページ)
「し、暫く!あの……そうだ、あと三月(みつき)の内にあの砦(文脈からすると本證寺?)を攻め落としてご覧に入れまする!」
「ふん……いかにして落とすのか、聞くだけは聞いてやろう」
「砦の下水溝から侵入し、中から火を放ちまする」
「それは妙案。七郎右衛門(大久保忠世)、ただちにかかれ」
「ははあ」
という訳で、三郎右衛門を先導として下水から砦の内部へ潜入。大いに暴れ回ったすえ、砦は陥落したのでした。
この時、三郎右衛門は鉄砲によって負傷。必死の働きに感じ入った家康はその謀叛を許し、褒美に国光(くにみつ)の脇差を与えたということです。めでたしめでたし。
終わりに
古来「雨降って地固まる」とはよく言ったもので、三河一向一揆を通して結束の強まった松平家臣団。一度は寝返った者たちも罪を赦され、命を助けられた恩義を感じていっそう忠勤に励んだことでしょう。
NHK大河ドラマ「どうする家康」では、再構築される三河武士主従の絆をどのように描くのか(まさか、あの“海老すくい”でおしまいではないでしょうね?)、これからも楽しみにしています!
※参考文献:
『徳川実紀 第壹編』国立国会図書館デジタルコレクション日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan