スピードワゴン・小沢一敬インタビュー「子どもの頃に麻雀を知ってから、ずっと麻雀と共に生きてきた」人生を麻雀に例えて悟る【人間力】 (2/2ページ)

日刊大衆

 そんな生活を続けてハタチを過ぎた頃に、幼なじみと「オレたちこれからどうしよう?」みたいな話をしていたら、そいつが「名古屋に吉本興業の養成所ができるから、一緒に入ろうぜ」と言うんです。で、入ってみて知り合ったのが、相方の(井戸田)潤。

 1998年の12月11日に二人で上京し、銀座7丁目劇場という劇場に出ることになったんですが、なんとその年の大みそかに劇場が閉鎖。出る場所がなくなったので、相方があちこち電話しまくってライブに出て、縁あって現在の事務所に入れました。

 2001年に『M-1グランプリ』が始まるんですけど、僕は「お笑いは誰かと戦うもんじゃない」と出なかったんです。でも翌年、相方が「1回だけ出ようぜ」と熱心に言うので出てみたら、決勝に行けちゃった。ビックリですよね。

 ここまでの話を聞いて、お気づきの人もいるかと思いますが、僕はこれまで自分から何かを「やりたい」と行動を起こしたことがないんです。“カケる”で言うところの“賭ける”をやったことがない。

 でも結果的に“駆ける”はやっているかもしれないな、とも思います。よく「地に足をつけて」というけど、走ってる、駆けてると地に足はつかないんです。また気取ったことを言うけど(笑)。

 でも、ホントにそう思う。地に足をつけず、バーッと走って、どっかに行っちゃうような人生を送りたい。

 好きなことはやって、嫌いなことはやらない。だから、納豆は食べないし、バンジージャンプはやらない。

 麻雀もそう。捨て牌を並べる場所を「河」っていうけど、河の流れを止めたら濁るから、僕は止めない。そんなふうに生きていきたいと思っています。

小沢一敬(おざわ・かずひろ)
1973年10月10日生まれ。愛知県出身。98年に井戸田潤とコンビを結成し、スピードワゴンとして活動開始。2002年に『M-1グランプリ』の決勝に進出して注目を集め、多数のバラエティ番組に出演。

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