誰もが裏切り、去っていく中…最後まで今川氏真を守り抜いた忠臣・朝比奈泰朝【どうする家康】 (2/3ページ)
主君・今川義元(演:野村萬斎)の討死後も今川家に対する忠義は揺るがず、永禄5年(1562年)には氏真を見限ろうとしていた井伊直親(いい なおちか)を粛清しています。
また武田の動向を察知したのか、それを牽制するべく越後の上杉謙信(うえすぎ けんしん)としきりに交渉。態勢を立て直すべく時間を稼ぎたかったところですが……。
永禄11年(1568年)に駿府を追われてしまった氏真を懸川城へ迎え入れ、徳川勢を相手に徹底抗戦。翌永禄12年(1569年)5月に氏真が降伏、北条氏康(ほうじょう うじやす)の元へ身を寄せるとこれに付き従いました。
かくして名門・今川家は滅亡したものの、泰朝は何とか御家を再興しようと上杉謙信に援助を要請しています。
しかし元亀2年(1571年)に氏康が亡くなり、嫡男の北条氏政(うじまさ)が家督を継ぐと、武田と北条の同盟が復活してしまいました。
北条家中において肩身の狭くなった氏真は、元亀2年(1572年)ごろに家康の元へ身を寄せる決断を下します。これに泰朝は猛反対したでしょう。
「徳川の慈悲を受けて命を永らえようとは、今川の誇りをお忘れか!」
「うるさい、背に腹は代えられんのじゃ!」
「……然らば御免!」
ついに泰朝は氏真と決別、そのまま消息を絶ったということです。
終わりに以上、朝比奈泰朝の生涯をごくざっくりとたどってきました。氏真に対する忠義は確かだったものの、家康に膝を屈するのは耐えられなかったのでしょうね。