いしだ壱成インタビュー「この仕事が好きなんです…魂を削ってやっていきたい」大麻取締法違反により逮捕・3度の離婚…再び前を向く【人間力】

日刊大衆

いしだ壱成(撮影・弦巻勝)​​
いしだ壱成(撮影・弦巻勝)​​

 僕は2歳の頃に両親(父・石田純一、母・星川まり)が離婚してからは、母と共に暮らしていました。その頃はヒッピー的なコミューンの中で、各地を転々としながら生活していたんです。どの場所も、都会の喧騒から離れた環境で、そんな生活からいろんなことを学びました。すべてのものに神様が宿っているというようなアニミズム的な考え方とか。

 そして16歳のときに初めて父と出会ったんです。最初の印象は「うわっ、芸能人だ(笑)。コミューンでの暮らしではテレビがなくて、芸能界の知識は、たまに行く祖母の家で見たドラマぐらいしかなかったんです。そのとき、僕はバンドを組んでたんですが、「音楽も良いけど俳優はどう?」って父に誘われたんです。あのときの父の話はとっても説得力があって。芸能関係の人にも紹介されたりして、僕の意志とは関係なく、俳優の仕事をやるのかな……って思ったのがはじまりですね。

 俳優業がうまくいき始めて絶頂期を迎えた頃(2001年)に大麻取締法違反で逮捕されたんです。もう、本当にすべてが変わりました。すごいバッシングを受けて、いろんな人に迷惑をかけてしまって、まるで逃げるように東京を離れて地方へ越したんです。移住先は自然豊かだし、本来は健康的な生活を送れる環境だったんですが、やっぱり、どこか自分の心が汚れていたんですかね。本来はきれいに見えるはずの山や川もそうは見えなかったですね。

 やがて結婚して、子どもも生まれたんですが、子ども中心のしっかりした生活基盤をつくらなきゃと思っても、なかなか仕事に恵まれず、本当に毎日焦りしかなかったですね。

 あの頃は、うつ病も患ってしまってどん底でした。僕ってもともと、自分の中で限界を決めてしまって、うまくいかなかったら「俺はここまでしかできない人間なんだ」と諦めてしまう性格でした。でも、当時の妻から「お願いだから、もう一回舞台に立ってほしい」と言われて。その言葉に、心が大きく揺さぶられて、東京に戻る決心がついたんです。現実と向かい合って、前を向こうと。

■“裏方”の仕事もやっていきたいです

 こっちに戻ってからは、もうどんなお仕事もやらせてもらおうと前向きになって、おかげさまで、いろいろお声がけいただけるようになってきました。そんな中、今回『三茶のポルターガイスト』という映画に出演させてもらいました。東京の世田谷にある雑居ビルが舞台のホラードキュメントなんですが、コミューンという環境で暮らしていたからか、スピリチュアルなものに興味があって。僕自身は霊感があるわけではないですが、この雑居ビルに足を踏み入れた瞬間、何かゾクゾクッと悪寒が走ったんです。行く前は正直、気楽な心構えだったんですけど(笑)、貴重な体験をさせてもらいましたね。だから、この映画に映っているものは、全部、本物ですよ。 

 この仕事が好きなんです。人間のきれいな部分や汚い部分を全部引き受けて、ある種の泥臭さ、人間臭さをさらけ出すのが俳優だと思っています。そんな演技を、魂を削ってやっていきたい。

 もちろん新しいことにも挑戦していきたいと思っています。その一つは監督業。いわゆる“裏方”の仕事もやっていきたいです。この間も低予算の映画の監督を務めさせてもらって。予算がない分、助監督や制作部がやるべきことも自分がこなさなきゃいけないんですが、若い子たちと一緒にモノ作りをしているという実感があって、すごく楽しかったです。この感覚は20代の頃にはなかったなあ……。そういう意味ではワークショップなどで若手の育成もやっていきたいですね。

 あとカメラマンの仕事にも興味があるんです。もともと、フィルムカメラが大好きで、よく作品撮りに出かけているんです。実は、ドラマでご一緒した俳優の酒井法子さんに被写体になってもらえないかと声をかけているんですけど……ちょっと難しいかな(笑)。

いしだ壱成(いしだ・いっせい)
1974年12月7日生まれ、東京都出身。B型。1992年、テレビドラマ『悲しいほどお天気』(フジテレビ系)でデビュー。主な出演作として『ひとつ屋根の下』(フジ系)『未成年』(TBS系)『聖者の行進』(TBS系)など。音楽活動や舞台で活動するも、人気絶頂の2001年8月に、大麻取締法違反により逮捕。私生活での3度の離婚を経て今、再起を果たす。

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