どうせ死ぬなら父の手で……武士道バイブル『葉隠』が伝える、我が子の首をはねた森門兵衛のエピソード
もし息子が罪を犯したら、あなたはどうしますか?
冤罪を信じて匿う、あるいは逃がすでしょうか。それとも、公正な審判に委ねるため自首を促すでしょうか。抵抗するなら、取り押さえて官憲に突き出すかも知れませんね。
何とか守ってやりたい親心は古今東西変わりませんが、時には我が手で始末してやるのも愛情の一つと言えます。
今回は江戸時代の武士道バイブル『葉隠(はがくれ。葉隠聞書)』より、我が手で息子を葬ったとある武士の物語を紹介。
皆さんなら、こういう場合はどうしますか?
冷え腹を切り、人手に懸らんよりは……三〇 森門兵衛、倅打ち捨て候事 門兵衛嫡子何がし喧嘩いたし、手負ひ候て参り候に付、「相手を何といたし候や。」と尋ね候へば、切り伏せ候由申し候。「止めをさし候や。」と申し候へば、「成程止めもさし候」由申し候。その時、門兵衛申し候は、「よく仕舞ひ申し候へば、この上存じ残す事はあるまじ。唯今遁れ候ても、いづれ切腹仕る事に候。冷え腹を切り、人手に懸らんよりは、今親の手に懸り候へ。」と申し、即時に介錯仕り候由。
※『葉隠聞書』第九巻より
【意訳】森門兵衛(もり もんべゑ)が我が子を斬り捨てたこと。
門兵衛の嫡男ナニガシが喧嘩によって負傷したと言うので「相手はどうした」と尋ねたところ「斬り伏せました」との答え。
「とどめは刺したのか」と重ねて尋ねると「きちんと刺しました」という事である。
門兵衛は「よくやった。きちんと相手を討ち果たしたのだから、もはや未練はあるまい。今逃げたところで切腹は免れぬ。他人の手にかかるよりも、父がこの手で殺してやろう」と言うなり、我が子の首を刎ねたそうな。
……喧嘩をした者は、その理非を問わず死罪に処する。いわゆる喧嘩両成敗の禁を犯した我が子に対し、森門兵衛は最大限の愛情をかけたのでした。
ちなみに冷え腹とは、合戦における自決や主君を諫めるなど、熱い想いがこもっていない状態の腹。つまり武士としての対面は守られているものの、実態は不名誉な切腹を言います。
終わりに
たとえ命を捨ててでも、どうしても相手が許せず喧嘩になった。その喧嘩に勝って相手を斬り倒し、きちんと止めも刺し遂げた。
法を犯して死罪になろうと、武士としての名誉はまっとうした我が子を、門兵衛は父として誇らしく思ったことでしょう。
しかし、それを証明することは、すなわち死ぬこと。生きながら誇りを守り抜くことが難しい、太平の世ならではの悩みでした。
「どんなにみっともなかろうと、いかなる恥を忍んでも、愛する我が子には生きていて欲しかった」
武士はナメられたら最後、弱音を吐いたら淘汰される戦国乱世の名残が、江戸時代にはなおも息づいていたようです。
※参考文献:
古川哲史ら校訂『葉隠 下』岩波文庫、1941年9月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan