大河ドラマ考察【どうする家康】松平昌久(演:角田晃広)は本当に火縄銃を乱射できたの?実は……

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大河ドラマ考察【どうする家康】松平昌久(演:角田晃広)は本当に火縄銃を乱射できたの?実は……

NHK大河ドラマ「どうする家康」、皆さんも楽しんでいますか?今回言及するのは、第2回放送「兎と狼」で初登場の松平昌久(演:角田晃広)です。

松平元康(演:松本潤。徳川家康)とは同族でありながら本家争いを繰り広げており、この時も騙し討ちを謀りました。

その手口が「誠意を見せるため、土下座した背後からの火縄銃乱射」というもの。この描写に、少なからぬ歴史ファンから疑問の声が噴出します。

「先込め式の火縄銃で連射などありえない」

「たとえ別々に撃ったにせよ、地方の小豪族に過ぎない昌久に、あれだけ大量の火縄銃が調達できたとは思えない」

……などなど。こうした疑問に対して、擁護する意見も上がりました。

「宣教師ルイス・フロイスが火縄銃の普及速度に驚嘆するなどの記録も残されており、昌久が揃えていても不思議ではない」

果たして、あのシーンは実現可能だったのか、今回考察したいと思います。

確かに火縄銃は量産できたが……

結論から言ってしまうと「あのシーンは現実的に難しかったであろう」と思います。

なぜか?火縄銃を撃つために必要な火薬の原料である硝石(しょうせき)の調達を、ほとんど輸入に頼っていたためです。

実は火縄銃の国産化は早くから始まっており、輸入品も出回っていたため、東国の大名たちも大なり小なり鉄砲を手に入れることは可能でした。

ただし、硝石が手に入らなければ火薬は作れず、火薬がなければどれほど精密・高性能な火縄銃も役に立ちません(ブン殴るくらいはできますが……)。

カッコよく構えては見たものの、火薬がなければ撃てないのである(イメージ)

だから松平昌久クラスの弱小勢力が必死に火縄銃を掻き集められたとしても、火薬がないから発射できない。だからあのシーンは、火薬がもったいなさすぎて実現できなかったと考えられます。

なお、硝石の国産化は天正年間(1580年ごろ~)から可能になったようですが、それでも文禄3年(1594年)に天下人・豊臣秀吉(演:ムロツヨシ)が大陸の明国から大量に輸入しており、実用化レベルの質・量ではなかったのでしょう。

だから織田信長(演:岡田准一)や武田信玄(演:阿部寛)が暴れ回っている時代にはほぼすべてが輸入に依存していたはずです。

大陸との交易ルートをおさえていない勢力にとって、鉄砲はともかく弾薬はべらぼうに高価な買い物でした。

また当時の明国は倭寇対策として軍需物資の輸出を規制していたため、硝石を手に入れるためには密貿易すなわち倭寇とのつながりが不可欠です。

「日本の硝石は俺が支配している」と豪語していた王直(おう ちょく。生年不詳~嘉靖38=永禄3・1560年刑死)はじめ、彼らの暗躍なくして日本の火縄銃は撃てませんでした。

戦国時代に鉄砲と言えば、信長が武田勝頼(演:眞栄田郷敦)を撃破した長篠の合戦(天正3・1575年5月21日)。あの名場面の裏に倭寇たちがつながっていたと思うと、胸が熱くなりませんか?なりますよね!

終わりに

「もっと景気よく撃ちてぇだな」「んだども、火薬は高ぇだから我慢せぇ」

たった一発の銃弾にもロマンが込められている。それが歴史の魅力ではないでしょうか。

たまに撃つ 弾丸(たま)がないのが 玉にキズ……自衛隊あるある川柳

(※)射撃訓練の機会が少ないほどお役所仕事に追われ、いざ訓練に臨んでも予算の関係で撃てる弾丸が少ないorない=訓練中止も珍しくない現状を風刺しています。

今回は火縄銃の連射(乱射?)について考察しましたが、この他にも「実際はどうなっている(いた)んだろう?」など疑問を持ってドラマ等を観賞すると楽しいですよ!

※参考文献:

武田知弘『「桶狭間」は経済戦争だった 戦国史の謎は「経済」で解ける』青春出版社、2014年6月

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