「どうする家康」で割愛するのは勿体ない!姉川合戦で大暴れした猛将・磯野丹波(磯野員昌)の十一段崩し (4/4ページ)
津田信澄)を養子とするように」
つまり磯野の家督は実質的に員昌一代限りと宣言されたのです。
その後も天正元年(1573年)に信長の暗殺を謀った杉谷善住坊(すぎたに ぜんじゅうぼう)を捕縛したり、越前の一向一揆鎮圧に従軍するなど武功を重ねた員昌。
しかし天正6年(1578年)に信長から叱責を受けたため出奔してしまいました。原因は不明ですが、養子の信澄へ家督を譲るよう強要されたとの説もあります。
やがて信長の死後、武士をやめて帰農し、天正18年(1590年)に68歳で世を去ったのです。
終わりに
以上、磯野丹波こと磯野員昌の生涯を駆け足でたどってみました。
恐らく第15回放送「姉川でどうする!」はもちろん、その後も割愛されるでしょうが、こういう猛将がいたことを知っておくだけでもドラマ観賞に深みが出ると思います。
なお員昌の子供たちは石田三成(いしだ みつなり)や藤堂高虎(とうどう たかとら)に仕えて磯野家を後世へ受け継ぎました。
NHK大河ドラマ「どうする家康」で名前だけ登場する人物についても、みんなそれぞれの生涯を送っているので、調べてみると楽しいですよ!
※参考文献:
『徳川実紀 第壹編』国立国会図書館デジタルコレクション 『信長公記』国立公文書館デジタルアーカイブ 高木昭作 監修『織田信長家臣人名辞典』吉川弘文館、1995年1月 谷口克広『信長と消えた家臣たち 失脚・粛清・離反』中公新書、2007年7月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan