6つもの名前候補があった!?奥深き「北海道」命名の過程。名づけ親は松浦武四郎
みなさんは、「北海道」というとどのようなことをイメージしますか?
「北海道はでっかいどう」という有名なフレーズもあるとおり、その広大な大地を思い浮かべる方、海鮮をはじめとした美味しい料理を思い浮かべる方、アイヌの文化や開拓のイメージをお持ちの方など、さまざまではないでしょうか。
今回は、「北海道」という名前がどのように命名されたのか、その過程をご紹介したいと思います。
「北海道」の名づけ親は松浦武四郎(まつうらたけしろう)
「北海道」という名前をつけたのは、松浦武四郎という人物です。伊勢(現在の三重県)出身で、1818年に生まれました。
10年間の家出、アイヌとの親交…「北海道」の生みの親・松浦武四郎、その破天荒な人生26歳のときに蝦夷地(当時北海道はそのように呼ばれていました)に渡り、その後6回蝦夷地を探査しています。彼の探査は、「石狩日誌」「十勝日誌」「天塩日誌」「知床日誌」など、151冊の紀行本にまとめられています。
「蝦夷地」に代わる名前の候補はなんと6つ!蝦夷地のエキスパートとして、明治政府の一員となっていた松浦。1869年、松浦は明治政府に「蝦夷地」に代わる名前として、「北加伊道」「日高見道」「海北道」「海島道」「東北道」「千島道」の6つを提出。
「北加伊道」の「加伊(カイ)」はアイヌの古い言葉で「この土地に生まれた人」という意味を持ちます。松浦のアイヌの人へのリスペクトが含まれているこの名称に決まりました。
最終的には「海」の字が当てられ(東海道、南海道に合わせたものと考えられています)、現在の「北海道」となりました。
北海道には松浦武四郎が名付けた地名がほかにも
北海道というと、知らなければ読むのが難しいような地名が多くあります。アイヌ語に由来する地名が多いのですが、こちらも松浦武四郎のはたらきによるものだったと言われています。
松浦武四郎と地図制作地図制作というと、伊能忠敬が思い浮かびますが、松浦武四郎も蝦夷地の詳細な地図を制作します。北方四島も含まれており、川の流れや土地の高低、さらには9800にものぼるアイヌ語の地名が記載されています。
地図を含めた彼の調査記録は、多くの人に北海道の情報を伝える大きな役割を果たしました。
いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも日本文化や歴史の面白さに興味を持つきっかけになれば嬉しいです。
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