江戸時代、日本にやってきたゾウは天皇に謁見するため位まで与えられていた (2/3ページ)

Japaaan

ゾウ一行は、到着の前日に川崎宿に寄宿、ゾウのために仮設された船橋を渡り、多摩川を超えました。そして、品川宿で休憩したのち、当座の落ち着き先であるは浜御殿(現在の浜離宮)に到着、沿道には、珍しい象の姿を一目見ようと、黒山の人だかりだったそうです。

謁見の日と定められた5月27日、浜御殿を出発した象は、見物人に見送られながら、江戸城に入り、吉宗に謁見しました。その席には、老中をはじめ、在府の諸大名が列し、吉宗は得意げの様子だったとか。

歌川国芳「二十四孝童子鑑 大舜」

その後は、浜御殿で飼育されていたものの、2,3度見ただけで将軍にあきられてしまったようです。しかも、ゾウは大食らいで経費がかさんだ上、火事の多かった江戸の災害時などを想定した治安上の理由から、1741(寛保元)年4月、浜御殿を追い出されてしまいました。

ゾウを引き取ったのは、中野村(現在の東京都中野区)に住んでいた百姓源助と柏木村の弥兵衛でした。ゾウを引き取ることとなった源助は中野の成願寺のそばに象厩(きさや)を建てて飼育したそうです。

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