その数10人超え!!三方ヶ原の戦いで討ち死にした徳川軍武将たちを紹介【どうする家康】 (2/4ページ)

Japaaan

殿として最後まで戦った本多忠真

本多忠真の甥・本多忠勝/Wikipediaより

本多忠真(演:波岡一喜さん)は本多忠勝の叔父として知られ、幼少期に父を失った忠勝に読み書きから武士の心得などを教えました。忠勝の初陣後は補佐役として、窮地に陥った忠勝を救う活躍をみせました。

そんな忠真は、三方ヶ原の戦いで徳川軍撤退時に殿(しんがり:囮役)を引き受けます

旗を左右に突き刺し、「ここから後ろへは退かぬ」と言った後、武田軍と戦闘。武田軍を引き付けるも、ついには討ち死にしました。

馬場信春の突撃を防ごうと戦った成瀬正義

馬場信春/Wikipediaより

成瀬正義(なるせ-まさよし)は使番・旗奉行として家康に仕えました。しかし、永禄5年(1562)に同僚を斬りつけたことで出奔。

「その数10人超え!!三方ヶ原の戦いで討ち死にした徳川軍武将たちを紹介【どうする家康】」のページです。デイリーニュースオンラインは、三方ヶ原の戦いどうする家康徳川家康戦国武将カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る