【三方ヶ原合戦】逃げろ家康!迫りくる武田軍を前に、織田信長が見せた意外な気遣い【どうする家康】 (2/4ページ)

Japaaan

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※『東照宮御実紀附録』巻二「家康求救于信長」

時は元亀3年(1572年)の夏から秋にかけて、武田の大軍が三河・遠江の国境を侵略し始めました。

それを知った信長は、浜松にいる家康へ急使を派遣します。

「申し上げます!徳川殿へ『すぐに浜松を放棄し、岡崎まで退去なされよ』とのことにございます!」

信長なら「死んでも守れ」とか言いそうなのに、意外ですね。

べ、別に信玄なんか怖い訳じゃないけど、信長がそう言っているならまぁしょうがない。ここはひとまずお言葉に甘えて岡崎へ……。

「誰が行くもんか、このドたぁけ(戯け)が!」

まんまる目玉をひんむいて怒る家康(イメージ)歌川芳虎筆

逃げろと言われたから逃げ帰るなんて、三河武士の意地が許すはずありません。

「……と言いたいところであるが、まぁ折角のお心づかい、痛み入る。織田殿へは『時宜にしたがって適切な対応を検討する』とお伝えあれ」

「は、はっ!」

使者が帰った後、家康は家臣たちに洩らしたと言います。

「この浜松を捨てて逃げたら、世の人々は『徳川は弓矢を折って武士をやめた』と笑おうぞ。

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