これぞシン・忠臣蔵!?討ち入り後の赤穂浪士が主君の墓前で果たした「儀式」とは (3/3ページ)

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吉良上野介義央公・乗馬像

発見された古文書によって明らかになったのは、実は大石内蔵助たちの討ち入りと吉良殺害は、それ自体が目的だったのではないということです。彼らは吉良の首を主君の墓前に運び、主君自ら恨みを晴らさせることを目的としていたのでした。

このことについて磯田は、同書の中で「今後書かれる忠臣蔵はラストシーンが変わってくるに違いない」と述べています。

参考資料
磯田道史『日本史を暴く』中公新書・2022年

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