織田信長の覇業を支え、死出の旅に従った森乱(演:大西利空)こと森成利とは【どうする家康】 (2/4ページ)
【森蘭丸じゃないの?】
幼名は乱法師(らんほうし)、親しい人たちが略して森乱と呼んでいたのでしょう。松本潤が松潤と呼ばれるような感覚と思われます。
なお有名な森「蘭丸」について、当人や周囲の人々が呼称した(名乗ったり書いたりした)記録はなく、『石山本願寺日記』の「森お蘭」という記述に幼名に多い「~丸」を加えた呼び名が広まったようです。
「乱」よりも「蘭」の方が優雅で美しいから、信長の小姓にふさわしかろうと後世の軍記物語などに受け容れられたものと考えられます。一方、当人たちは名前を書く時に簡単な「乱」を好んだのでしょうか。
例外として大久保彦左衛門『三河物語』では、森成利を「森之お覧」と書いていました。これはただ漢字をど忘れしたのかもしれません。
ひとまずここでは「乱法師」が一応の正式名称で、周囲からは略して「森乱」と呼ばれていたものと考えます。
兄弟について
森成利の兄弟姉妹は以下の通りです。
長男:森可隆(よしたか)……元亀元年(1570年)朝倉攻めで討死。 次男:森長可(ながよし)……天正12年(1584年)小牧・長久手合戦で討死。