梅宮アンナ、ペアヌードまで出した羽賀研二との破局は意外な一言きっかけ?【芸能界、別れた二人の真相】 (1/2ページ)

リアルライブ

梅宮アンナ
梅宮アンナ

 タレントの羽賀研二が7日より、新宿・歌舞伎町の老舗ホストクラブ「愛本店」に5日間限定で入店する。今回、「愛本店」が「RE:VERSEプロジェクト第1弾」として7日から5夜連続で実施する企画の一環。羽賀には、チェキとサイン付きの5万円プランから高級シャンパンもしくはワインがセットになった100万円プランまで用意されており、どれだけの記録を打ち立てられるか期待が寄せられている。

 羽賀といえば、かつては数々の女性タレントと浮き名を流す芸能界ナンバー1のプレイボーイとして名をはせた。なかでも、タレント・梅宮アンナとの交際は芸能史に刻まれる。

 2人の交際は1994年頃から始まった。出会いの真相について2019年2月、本サイトで触れている。羽賀が『いいとも青年隊』を卒業した1985年3月、東京・大田区在住の未亡人に沖縄リゾート開発話を持ち掛けて金銭トラブルに発展。当時、救いの手を差し伸べたのが、住専問題で世間を騒がせた“浪速の借金王”S氏だったとしている。

 ​佐藤健、吉岡里帆とはカラダの関係のみ? 本番前に涙の訴えも【芸能界、別れた二人の真相】​​​

 芸能関係者によれば、「S氏は羽賀のタニマチといわれ、アンナの父で故・梅宮辰夫さんとも“兄弟分”と呼ばれるほど親しい関係だったよう。S氏の会社が米・ハワイでゴルフコンペを開催した際、梅宮さんがアンナを一緒に連れて行ったところ、羽賀と急接近した」とのこと。

 だが、梅宮さんは2人の交際に猛反対。その一方で羽賀の必死のアピールが連日報道され「誠意大将軍」と自称し、格好のえじきとなった。2人は、“平成のバカップル“としてワイドショーをにぎわせ続け、1995年にはペアヌード写真集『アンナ 愛の日記』(新潮社)を出版。借金返済のための出版とマスコミ関係者などからはやゆされ、その後もアンナは羽賀の借金の金策に走らされていた。そのかいあって、羽賀は沖縄ではレストラン、ブティック、美容室を経営し、アンナの“ヒモ”として悠々自適な暮らしを送っていた。

 ところが1999年2月、2人は破局。

「梅宮アンナ、ペアヌードまで出した羽賀研二との破局は意外な一言きっかけ?【芸能界、別れた二人の真相】」のページです。デイリーニュースオンラインは、エンタメなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る