江戸吉原の三大景物の一つ『七月の燈篭』のもとになった太夫“玉菊”とはどんな遊女だったのか? (3/3ページ)
「青楼絵抄年中行事 上之巻」十返舎一九 国立国会図書館デジタルコレクションより
どちらにせよこれが「玉菊燈篭」と呼ばれるほど盛んとなり、その賑わいが“吉原の三景物”の一つ“七月の燈篭”と呼ばれるようになったのです。
比類を見ないほど人々に愛されたという太夫・玉菊。歌舞伎や浄瑠璃の題材に数多くとりあげられた実在の人物なのです。そのお墓が、東京・台東区の永見寺に残されています。
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan