世界を変えた二刀流「大谷翔平」プロ生活10年“驚愕伝説”令和のスーパースター仰天の記録と秘話【画像】「SHO‒TIME伝説」リスト (3/5ページ)

日刊大衆

165キロはいつか出すと思っていたけど、あそこまでの連発は正直、理解が追いつかなかったです(笑)」(同)

 15年オフに渡米し、憧れのダルビッシュ有宅を訪問。筋トレや食事、サプリなどの“ダル流指南”を受け、肉体改造にも着手している。

■メジャーリーグで雑音を一蹴した3試合連続弾

 日本ハムでの5年間を常にレベルアップに費やした大谷は、17年オフに満を持してポスティング申請。FA権の取得どころか、最低保証年俸55万ドル(約6050万円)でのスタートとなる海外選手の“25歳ルール”によるエンゼルス入団に、当時は驚きの声が上がった。

 大リーグ評論家の福島良一氏が、その意図について、こう解説する。

「仮に高校から、いきなり渡米していても、まず間違いなく二刀流では使ってもらえなかったはずですし、日本で海外FA権を取ってからでは年齢的に遅すぎる。20代のうちにFAで、より条件のいい契約を結ぶことを考えても、渡米のタイミングは、あれがベストな選択だったと思います」

 海を渡った大谷のメジャー初本塁打が飛び出したのは、野手出場2試合目の18年4月3日、インディアンス戦。さらに、そこから怒ど濤とうの3試合連続弾で、二刀流に懐疑的な声も多かった全米メディアの雑音を、驚異的なパワーで一蹴する。

「あの3本はいずれも打った瞬間に、それと分かる完璧な当たり。期待はされながらも、どこか半信半疑なところもあった周囲の論調が、あれで一気に変わっていきました。投打の負担を考慮しての判断もあったと思いますが、デビュー時の彼は“8番・DH”。その打順からも、当時の立ち位置が今とはかなり違ったことが、よく分かります」(前同)

■トミー・ジョン手術を受けて

 一方、移籍初年度こそ新人王を獲得するも、翌19年から20年にかけてはトミー・ジョン手術の影響もあって投手としては、ほぼ全休。“覚醒”の1年となった21年シーズンは“二刀流継続”の正念場だった。

「もし結果が出なければ、おそらく投打どちらかへの専念を迫る声も高まったはず。

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