参考にしちゃダメ!?財政難に陥った薩摩藩の驚くべきブラックな藩政・経済改革【前編】 (2/3ページ)
実際には、財政難に陥ったのは薩摩藩だけではありませんでした。そもそも初期の徳川幕府は、戦国時代のような乱世に陥ることを防ぐために「大名たちの力を削ぐ」ことに力を注いでいます。何かと理由をつけて各藩の財政出動を促したのは、半ば意図的だったとも言えるのです。
借金を余儀なくされるさて、こうした背景もあって、薩摩藩は次第に財政難に陥っていきました。その一方で領内では農村部の荒廃や農民の逃散が進み、農業生産力や年貢収入は低下していきました。
薩摩藩といえば琉球貿易で利益を上げたとか、軍事的に大きな力を持ったことから幕末期の倒幕運動に寄与したとかいうイメージがあります。しかしそれは後年のイメージであり、最初はこんな状態だったのです。
また、商品作物や交易などで得られる収入も不安定であり、経済活動も閉鎖的だったため、もはや藩としては大坂の豪商や金融業者から高利子で借金をするしかありません。