「沖縄県営鉄道」を知っていますか?史上最悪の鉄道事故は旧日本軍のミスで起きていた【前編】 (2/3ページ)

Japaaan

沖縄県営鉄道の那覇駅(現在の那覇バスターミナル・Wikipediaより)

今回はこの沖縄県営鉄道の爆発事故について、前・後編に分けて見ていきましょう。日本の鉄道事故史上最悪の死者数でありながら、軍によって徹底的に隠蔽された「忘れられた鉄道事故」です。

惨劇の発生

それは1944年12月11日のことでした。沖縄県営鉄道の糸満線で、兵員と武器弾薬を積んだ6両編成の列車が嘉手納駅を出発しました。途中の古波蔵駅で、方向転換と燃料補給のため、機関車だけが那覇駅方面に行きます。

そして、ガソリン入りのドラム缶を積載した無蓋車1両と有蓋車1両を牽引して古波蔵駅に戻り、元の6両を後部に連結。各車両に大勢の兵員と、通学の女学生も数人ほど乗せて糸満駅に向けて発車しました。

そしてまもなく、南風原村(現・南風原町)神里付近に差しかかかったところで、突然列車が轟音を立て大爆発しました。これによって積み込まれた弾薬も次々と誘爆を起こし、辺り一面は火の海になります。

この時の爆発音は、那覇市や島尻(南部)全域までも聞こえたといいます。

日本史上「最悪」

この事故で、乗っていた兵士210人前後と女学生8人、乗務員3人の合わせて約220人が犠牲となりました。

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