日本初のお化け屋敷は江戸時代の医師が作った「化け物茶屋」!大人気になるも「けしからん!」と撤去され…【後編】 (3/4ページ)
どちらも、現代のお化け屋敷の原型として伝わっています。
当時は、現代のように明るくはなく、日が落ちると暗闇のほうが勝っていた時代。精巧な作りの人形はさぞかし怖かったことでしょう。
歌川国芳 『浅草奥山生人形』(1855年)の手長足長(写真:wikipedia)
「納涼」には欠かせない興行に
さらに、明治から大正時代に入ると、日本各地で「お化け屋敷」が登場するようになり、お化けに出会って思わず「ひやっ」とするからと、「納涼」と頭に付けて夏の風物詩となりました。
昭和に入り、遊園地だけではなく商業施設の屋上などにも設置され、学校の学園祭などでも登場するようになりとどんどん認知度が高まったお化け屋敷。
さらに、現代では、最新技術を駆使したハイレベルなものが次々と登場し、子供から大人まで楽しむエンターテイメント施設へと進化したのです。