大谷翔平は「やっぱりすごい!」世界が驚く野球人生を小学5年生時からプレイバック!

日刊大衆

大谷翔平
大谷翔平

 まさに、世界を揺るがす衝撃のニュースだった。今季のMVPも確実といわれているエンゼルス・大谷翔平(29)の、右肘靭帯損傷が明らかとなったのだ。

 現地で9月4日、代理人のネズ・バレロ氏は、2度目となるトミー・ジョン手術を受けるかは未定と説明。2018年に故障した部分は無傷で、今回は軽傷であることを明らかにした。

「仮に手術を受けるなら、投手復帰は早くても再来年になる。また5日には、打撃練習中に右脇腹を痛め、欠場しましたが、総額7億ドル(約1026億円)での移籍の噂まで飛び出した。今オフのFA争奪戦は、ますます混沌としてきました」(スポーツ紙デスク)

 だが、手術明けで“二刀流”に開眼した21年シーズンがそうだったように、直面する逆境を「成長するチャンス」と捉えて進化を加速させられるのも、大谷の持つ才能の一つ。

 今回は7月に29歳となった野球人生を振り返り、“二刀流の怪物”の偉大なる才能を改めて探っていこう。

 まずは少年期から。今につながる“投手・大谷”の片鱗は、本格的に野球を始めてから3年後、小学5年生にして、すでにあった。

「90キロでも“速い”とされる高学年の時点で、球速はなんと110キロ。チームには小学生離れした決め球の“縦スラ”をまともに捕れる捕手がおらず、後逸から逆にピンチを招くことも多々あったようです」(スポーツジャーナリスト)

 地元・岩手県奥州市の「水沢リトル」で、たちまち頭角を現した大谷少年は「4番・エース」として君臨。

 中学に上がる直前、2007年の東北大会では、規定6回の18アウト中、17個を三振で奪う快投で全国デビューも果たしている。その球威はすさまじく、相手チームで唯一、打点を挙げた選手の金属バットを凹ませたほどだったという。

■大きな体は驚くほどしなやかだった

「大谷少年は、打者としても当時から頭抜けていた。打撃練習中、場外の川まで打球が飛んでボールがなくなってしまうので、“引っ張り禁止令”が出たことも。ここで逆方向への打撃を覚えたことが、今の豪打につながっています」(前同)

 また、大谷の打球が非常に速くて危険だということで、“ピッチャーライナーは絶対に打つな”とも厳命されていたそうだ。

 その後、大谷は菊池雄星(現ブルージェイズ)の活躍に触発され、地元の強豪、花巻東高へと進学。そして、高校1年秋の東北大会1回戦・学法福島戦。1年生エースとしてマウンドに上がった大谷は、147キロの快速球を投げ込んだ。

 その瞬間を現地で見届けたライターの菊地高弘氏は、

「数多くの高校球児を取材してきたが、あの1球に勝る美しさには僕自身、いまだに出合ったことはない」

 と興奮気味に振り返る。

「あの大きな体を驚くほどしなやかに操って、まるで“踊るように”指先にピチッとかかる素晴らしい球を投げていた。147キロを記録したのは、低めギリギリから浮き上がる、マンガ的に言うなら、受けた捕手が押されて飛び上がるような球でした」(前同)

 大谷の身体能力の高さは、小学校低学年にして水泳のバタフライをマスターするなど、幼少期から折り紙つき。花巻東高でコンディショニングコーチを務めた小菅智美氏も、「何をやっても、その競技のトップクラスになれる」と太鼓判を押していたほどだ。

「従来の野球選手に対して持っていた“逸材”像を覆すほど、あらゆる能力を当時から、すべて備えていたのが大谷という選手。“誰々のような”といった形容詞で語れる次元では、そもそもありませんでした」(前出の菊地氏)

 9月11日発売の『週刊大衆』9月25・10月2日号では、大谷の高校時代以降の「すごい伝説」も掲載されている。

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