これぞ武士ジョーク?低身長をバカにされた水野監物の答えがこちら【葉隠】
今も昔も男性は高身長ほどカッコいいとされることが多く、自分の努力ではなかなか解決できない部分ゆえに、多くの男性たちが悩んできました。
中にはそんな悩みをバカにする不届き者もおり、よせばよいのにトラブルの火種をまき散らかします。
今回は江戸時代の武士道バイブル『葉隠(葉隠聞書)』より、低身長をバカにされた水野監物(水野忠善か)のエピソードを紹介。心無い軽口に、彼は何と言い返したのでしょうか。
貴殿の首を我が足の下に……
「いやぁ、監物殿。『天は二物を与えず』とはよく言ったものですな」
水野監物に声をかけたのは、松平伊豆守こと松平信綱。第3代将軍・徳川家光の小姓として仕え、知恵伊豆と呼ばれた名臣です。
「……その意(こころ)は?」
「貴殿はまこと才知にあふれ、主君のお役に立てる逸材にござる。しかしながら、惜しいかな身の丈が小そうございますな」
そんなもの、一目見れば誰でも判る。いちいち言わずともよいではないか。じつに腹立たしい限りながら、怒れば相手の思う壺、かと言って笑って流せば臆病者……さぁどう答えましょうか。監物はこう答えました。
「まったくもって、仰せの通りにござる。然らば貴殿の首を叩っ斬り、我が足の下に継ぎ足せば少しは見栄えもするんじゃがのぅ……」
意訳すると「斬り殺すぞこの野郎」となります。軽口を彼なりのジョークで切り返したものの、これ以上踏み込んだらタダでは済まないでしょう。
さすが知恵伊豆も心得たもの、それ以上は深追いせず、ここらが潮時と笑ってごまかしたようです。
凸凹コンビだった?水野監物と松平伊豆守
七四 水野監物殿へ松平伊豆守殿申され候は、「御自分は御用立つ人に候。惜しき事は、勢がちいさく候。」と申され候。監物返詞に、「その通りに候。世の中が思ふ様になきものに候。御自分の首を切つて、我等が足の下につぎ候へば、勢が高くなるべく候へども、力及ばざる事に候。」と申され候由。
※『葉隠聞書』第十一巻
以上、水野監物と松平伊豆守のエピソードを紹介しました。せっかくなので二人の略歴も紹介しましょう。
水野忠善は慶長17年(1612年)生まれ。第2代将軍・徳川秀忠から第4代・徳川家綱まで三代にわたって仕え、三川岡崎藩5万石を治めました。延宝4年(1676年)8月29日、65歳で亡くなりました。
いっぽう松平信綱は慶長元年(1596年)10月30日生まれ。前述の通り家光の小姓として仕え、島原の乱や鎖国体制の整備などに腕を振るいます。老中首座として幕政を統括し、寛文2年(1662年)3月16日に67歳で世を去ったのでした。
松平伊豆守の身長についてはよく分かりませんが、もしかすると凸凹コンビだったのかも知れません。そもそも親しくもない相手に身長ネタをぶち込むような「知恵伊豆」でもなし、お互いある程度は気心も知れていたのでしょう。
ちょっと軽い感じの伊豆守と、いかにも質実剛健な風格の監物。二人のエピソードが他にもあったら、また紹介したいと思います。
※参考文献:
古川哲史ら校訂『葉隠 下』岩波文庫、2011年6月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan