「そなたは、江戸」豊臣秀吉に関東移封を命じられた神の君・徳川家康、実際の反応は?【どうする家康】 (4/5ページ)

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また関東は年久しく北條に帰服せし地なれば。新に主をかへば必一揆蜂起すべし。土地不案内にて一揆を征せんには必敗べきなり。其敗に乗じてはからひざまあるべしとの秀吉が胸中。明らかにしるべきなり。……

※『東照宮御実紀』巻四 天正十八年「秀吉封家康于関東」

こうしてまんまと家康が手塩にかけて治めてきた五ヶ国を手に入れた秀吉。これらは東海道の要衝であり、ここを抑えて家康を関東に封じ込める狙いがありました。

家康の上洛を阻止する、東海道封鎖計画(イメージ)

まず甲斐国には加藤光泰(のち浅野長政)を配置。東海道には東から駿府に中村一氏、掛川に山内一豊、浜松に堀尾吉晴、吉田に池田輝政、岡崎に田中吉政、そして清州に豊臣秀次と、信頼できる大名たちでガッチガチに固める計画です。

これだけではまだ安心できません。関東の領民たちは永らく北条に仕え、いくらかでも忠誠が残っているはず。そこで一揆を煽動して徳川の国力を削いでやれば、滅ぼす隙も生まれよう……秀吉はそう考えていたのでした。

たとえ奥州に移ろうとも……家康の心意気

……されば御家人等は御国換ありとの風説を聞て大に驚き騒しを。 君聞召。汝等さのみ心を労する事勿れ。我たとひ舊領をはなれ。奥の国にもせよ百万石の領地さへあらば。上方に切てのぼらん事容易なりと仰ありて。自若としてましましけるとぞ。果して八州の地御領に帰して後。彌我国勢強大に及び。終に大業を開かせ給ふにいたりては。天意神慮の致すところ。秀吉私智私力をもて争ふべきにあらざりけり。

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