【関ヶ原合戦】ただ一人、徳川家康に宣戦布告!真田昌幸かく語りき【どうする家康】 (2/3ページ)

Japaaan

「かたがた、こたび石田治部めが若君の御上意と偽り、徳川討伐の兵を挙げおった。これを討つためただちに馬首を返して上方へ戻るが……中には彼奴に与したき者もおろう。たといそうでも恨みはせぬゆえ、申し出られよ」

そんな事を言われて「ハイ、私は石田治部につきます」と言い出せる人はなかなかいません。沈黙を破って一番に申し出たのは長岡越中守(細川忠興)。

「これは治部めの謀略に相違なければ、徳川殿に御味方申す!」

続いて福島正則が口を開きます。

「状況いまだ定かならぬゆえ、もし治部の謀略ならば徳川殿の御味方しよう。しかし本当に若君の御上意とあらば御敵となり申す。いずれにせよ、上方へ戻って確かめねばなるまい」

秀吉子飼いの猛将・福島正則。豊臣家に対する忠義は人一倍篤かった(画像:Wikipedia)

とのこと。もっともと言えばもっともです。他の者たちは口々に「徳川殿に御味方申す!」の大合唱。真っ向から家康に逆らったら、ここから生きて帰れないでしょう。

そんな中、真田昌幸だけは一人言い放ちました。

「治部殿の謀略と言うのは、推量にすぎぬ。若君の御上意とあるならば、まずはこれを信じて徳川殿の御敵と罷りなるよりございますまい」

たとえ偽りであっても豊臣家の上意というなら、真っ向からこれを否定するのは謀叛に他なりません。

だから家康に敵対せざるを得ない。

「【関ヶ原合戦】ただ一人、徳川家康に宣戦布告!真田昌幸かく語りき【どうする家康】」のページです。デイリーニュースオンラインは、真田信幸どうする家康福島正則鳥居元忠葉隠カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る