光源氏のモデル?「光る少将」と呼ばれたエリート美男子・藤原重家の生涯をたどる【大河ドラマ・光る君へ】 (3/3ページ)

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終わりに

息子の出家を嘆き悲しむ藤原顕光(イメージ)

その後、藤原重家がどうなったのか、いつ亡くなったのか等について詳しいことは分かりません。

また、二人が出家を決意した動機についても明かされておらず、様々な憶測を呼びました。

『今鏡』などによると自らの非才に前途を悲観したためとされていますが、この説には矛盾があり、やはり伝承の一つに過ぎないようです。

なお源成信については万寿4年(1027年)に道長が薨去したさい葬儀に参加しており、その後も長久年間(1040~1044年)ごろまで生きていたとか。

果たして2024年NHK大河ドラマ「光る君へ」に、この二人は登場するのでしょうか。今から楽しみですね!

※参考文献:

山本淳子『源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり』朝日新書、2007年4月

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