光源氏のモデル?「光る少将」と呼ばれたエリート美男子・藤原重家の生涯をたどる【大河ドラマ・光る君へ】 (2/3ページ)
実にイージーモードだったのではないでしょうか。
しかし事件は重家が25歳となった長保3年(1001年)2月3日に起こりました。と言うより自分で起こしています。
いったい何をやらかしてしまうのでしょうか。
何もかも投げ出して、親友と共に突然の出家
「本当に、よろしいのですかな?」
「「……はい!」」
重家は2月3日の夜、親友であった源成信と共に三井寺(園城寺)を訪れ、そのまま出家してしまったのです。
源成信はその美貌と明朗闊達な性格から「照る中将(右近衛権中将)」と呼ばれました。
重家の爽やかに光るような美しさに比べ、成信は周囲を照らし出すような美しさで一世を風靡。二人はまるで月と太陽のような関係だったのでしょう。
官職と言い、重家との親密さと言い、もしかしたら源成信は『源氏物語』に登場する頭中将(とうのちゅうじょう。光源氏の親友・親戚・ライバル)のモデルだったのかも知れません。
さて、そんな二人がいきなり出家してしまったものですから、当然周囲は大騒ぎ。
何とか引き戻したいところですが、当時の出家は後世と異なり簡単には(と言うより、基本的には)還俗できません。
かの『源氏物語』でも、出家した女性はあの光源氏でさえ手が出せなくなってしまうほど、俗世と隔絶されてしまうのです。
顕光そして成信を猶子としていた藤原道長も息子たちの奪還を諦め、二人を見送るよりありませんでした。