元は公家出身のヤンチャ小僧!最後の元老・西園寺公望はどのような政治家だったのか?【中編】 (2/4ページ)

Japaaan

桂太郎(Wikipddiaより)

まだ政党政治が始まっていない時期の、この二人による「桂園体制」は独特のもので、後の政党政治における「憲政の常道」の原型と言えるかも知れません。

いろいろ対立の芽はあったものの、西園寺と桂の間には不思議な信頼関係があり、それぞれの妾を同伴して酒を酌み交わすことすらあったそうです。

桂園時代へ

「桂園時代」に入る経緯は次の通りです。

西園寺は、1906年に二代目の政友会総裁に就任し、桂太郎から政権を譲られました。

先の日露戦争で、日本は一応の勝利を収めましたが、ポーツマス講和条約の内容が屈辱的だとして国民は不満を抱いており暴動まで発生しています。しかし政府としては何としても講和条約を締結する必要があり、時の総理大臣・桂太郎と政友会の原敬は会談を行いました。

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