死者続出…人為的要因が引き起こした世界最大級の悲劇「八甲田雪中行軍遭難事件」【前半】 (2/3ページ)
- タグ:
-
八甲田雪中行軍遭難事件
-
遭難
-
明治時代
-
事件
明治34年秋期陸軍特別大演習に参加する歩兵第5連隊(Wikipediaより)
1日目・昼1月23日午前6時55分、歩兵第5連隊は青森連隊駐屯地を出発。
当日、田茂木野(青森市)の地元村民は行軍の決行に反対していました。しかし、これを無視した歩兵第5連隊は地図と方位磁針のみでの行軍を強行します。
午前中は天候もよく、行軍は順調に進みました。
しかし昼食後から天候が急変し、暴風雪の兆しが見られるようになったため、天候悪化を懸念した将校らは駐屯地へ帰営することを提案します。しかし、見習士官や長期伍長など下士官を中心とする兵たちの反対があり、行軍は続行されることになったのです。
1日目・夜午後8時頃、目的地である田代新湯から1.5kmほど離れた、平沢の森が野営地として決定。