危険な男に娘はやらん!牧野康成の求婚を拒絶した徳川四天王・酒井忠次。果たして……【どうする家康】 (2/3ページ)

Japaaan

できればこの(一方的な)縁談はもみ消しておきたい……そんな話を聞いた徳川家康は、忠次を呼び出して言いました。

「左衛門尉よ、話は聞いたぞ。確かに右馬允は油断がならぬ。しかしなればこそ、そなたの娘を与えてこちらに取り込んでしまおうではないか。右馬允ほど才幹ある勇士が確かな見方となれば、これほど心強いことはなかろう」

言われてみればそれも道理、家康の言葉に従い、忠次は娘を牧野康成へ嫁がせたということです。

終わりに

狩野秀信「徳川十七将ノ図」より、牧野康成

……酒井左衛門尉忠次の娘姿色すぐれし由聞て。牧野右馬允康成が己が妻にせんと思ひ。風のたよりもて忠次がもとへいひやりけるに。右馬允元来大膽のおのこなれば。忠次が心には。右馬允時の機変に乗じては。叛逆の志あらむもはかりがたしと思ひ。かゝる穏ならぬものに。最愛の娘をあたへんは心ならずとて。其事いなみしよし御聴に入しかば。牧野がごとき才幹あるものに汝が娘をつかはし。後にかれを引付て家臣となしなば。一方の助力ともなりなんと仰ありしかば。忠次も心を決して。つゐに縁辺をむすびしとぞ。(武功實録。

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