したたかで狡猾、有能な徳川慶喜。「大政奉還」直後、政争は慶喜に有利に動いていた?【前編】 (2/4ページ)
むしろ、大政奉還は、慶喜が実権を維持するための行動として有効なものだったと考えられているのです。
その理由と、ことの経緯を解説しましょう。
徳川慶喜という人物幕末期、徳川幕府の態勢立て直しの期待を受けて第十五代将軍の座に就いた徳川慶喜。
彼は一般的に思われているよりも極めて優秀な政治家でした。
格闘技の達人で討論にも秀でており、常識はずれの胆力を備えていました。
さらに権謀術数においても全く迷いがなく、抜群の人脈と政治力を持つ人物だったのです。よって、幕府の立て直しを期待されるのも当然と言えました。
しかしそんな慶喜でも、当時の幕府を再建するのは大変に難しいことでした。
この頃の幕府は第二次長州征伐にも失敗しており、反対に、武力倒幕を目指していた薩長連合に追い詰められている状態だったのです。
そして最終的に、慶喜は土佐藩による提案を受け入れて、政権を朝廷へ返還する大政奉還を行うことを決断したのでした。
大勢は慶喜に有利だったさてそれで、この大政奉還ですが、一般的には当時の慶喜の思惑はこうだったと考えられています。
「長年、政治の表舞台から遠ざかっていた朝廷には、政権運営能力がない。