「どうする家康」共に乱世の夢を見ようぞ!第47回放送「乱世の亡霊」振り返り (3/6ページ)
のぼりで名前だけ登場した塙団右衛門(塙直之)とは
秀頼の前に居並ぶ牢人たち。画面の中に「塙団右衛門」と書かれたのぼり旗がありました。この塙団右衛門直之もまた、数々の武勲を立てながら戦国乱世を生き抜いた猛者たちの一人です。
その出自については諸説あり、加藤嘉明から小早川秀秋(嘉島陸)、松平忠吉(家康四男)・福島正則そして秀頼と主君を何度も変えました。
何か嫌になったらすぐに飛び出してしまう癇の強さと、それでもすぐに仕官先が見つかる武勇が分かりますね。
そんな団右衛門は大坂冬の陣において徳川方へ夜襲を仕掛け、大胆にも自分の名札(夜討ちの大将・塙団右衛門)をばらまいてきたという逸話の持ち主。
「覚えておくがよい、我こそは塙団右衛門なり!」
大坂夏の陣では慶長20年(1615年)4月29日に討死。同輩の岡部則綱と一番槍の武功を競い合ううちに乱戦となり、田子助左衛門の矢を額に受けたそうです。
落馬したところを八木新左衛門が首級を掻き切りました。彼もまた戦国乱世を生き抜いた亡霊の一人と言ったところでしょう。
なお、討死に際して団右衛門は自分の名前を大書した旗指物を背負っています。