鷹狩りは巳の刻以降に。その理由は?徳川家康のブレーン「南光坊天海」かく語りき【どうする家康 外伝】 (3/3ページ)
日時の吉凶方位の向背によりて時刻の遅速も侍れ。只今四海一統して何の御心配もおはしまさず。この時に乗じて鷹を臂にしたまひ。郊外に出て御遊興あるに。時刻の早ければ。供奉の輩暁深くより起出て。寒夜ならば風霜にあたり。夏なれば短夜にくるしみ。いとからくも思ひ侍れば。いつも巳刻と申上るは。御時宜を見はからひての事なりと申上しかば。 君にも和尚の心用こそ。理なれと仰けるとぞ。(及聞秘録。)……
※『東照宮御実紀附録』巻二十四
以上、南光坊天海と家康のエピソードを紹介してきました。時刻の吉凶など気にせず鷹狩りを楽しめるようになって、何よりですね。
家臣たちの本音を代弁する天海はさすがですが、その意見を受け入れた家康も立派ではないでしょうか。
他にも天海には面白いエピソードがあるので、また改めて紹介したいと思います。
※参考文献:
『徳川実紀 第壹編』国立国会図書館デジタルコレクション日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan