あまりに残酷…美女の死に様を描いた絵画「九相図」ここまで悪趣味な作品が残された理由 (2/2ページ)
そんな「九相図」が日本で全盛期を迎えるのは、さらに先の鎌倉時代から江戸時代頃のことでした。
九相図鎌倉時代から江戸時代に制作された九相図には、唯一の共通点があります。
それは、1枚目から9枚目までの絵にそれぞれの名称があり、順番ごとに描くシーンが定められているということです。
その順番と名称、シーンは下記の通りです。※グロテスクな表現が含まれていますので、苦手な方はご注意ください。
1枚目「脹相」では、腐敗した死体の内部でガスが発生して膨張している様子
2枚目「壊相」では、 死体の腐敗が進行したことで皮膚がただれている様子
3枚目「血塗相」では、死体の損壊によって溶けだした脂肪や血液が体外に滲みだしている様子
4枚目「膿爛相」では、死体そのものが溶けていく様子
5枚目「青瘀相」では、死体が青黒く変色した様子
6枚目「噉相」では、死体に虫がわき、鳥獣に食い荒らされている様子
7枚目「散相」では、鳥獣に食い荒らされた死体の各部位や臓器が散乱している様子
8枚目「骨相」では、血肉や皮脂がなくなり骨だけになった様子
9枚目「焼相」では、骨が焼かれ灰だけになるか、埋葬された様子
死体が変貌していく様子を見て観想することを、「九相観(九想観)」といいます。これは修行僧の悟りの妨げとなる煩悩を払い、現世の肉体を不浄なもの・無常なものと知るための修行であるとする仏教の考え方です。
この「九相観」という考え方に基づいて、日本で制作されたのが「九相図」でした。
ただ、一概に九相観に基づいた「九相図」といっても作者によって捉え方が異なっていたようで、なかには生前の姿と朽ち果てた姿を描き、その違いを表現するような作品も存在したようです。
仏教が流行した鎌倉時代から江戸時代では、修行僧などの若い男性は九相図を見て自身の色欲と断絶していたのです。あまりにも残酷すぎる絵の内容に、吐き出してしまう僧もいたといいます。
精神的にも苦痛を極めるこれほどの修業を積み、はじめて一人前の僧として認められたということには驚きますね。
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