愛し合う江戸時代の武士たち…衆道(男色)の心得とは何か?武士道の教範『葉隠』かく語りき (3/4ページ)
その覚悟がない相手を愛してはならない」
「さもなくば野郎陰間(男娼)に同じくへらはり女(娼婦)に等しい存在に成り下がってしまう。これは武士にとって恥である」
「井原西鶴が『念友なき前髪は、縁夫を持たぬ女に等しい』と書いたのは、実に名文と言えよう。よい相手がおらぬ者を、人はなぶりたがるものだ」
念友とは衆道の伴侶を指し、前髪とは元服前の少年を指します。
「念友は五年ほど交友関係を持ってみて、確かな志を見届けたならば、こちらから頼むべきだ」
「決して、浮ついた者に心とらわれるべきではない。そういう手合いは少し都合が悪くなれば、簡単に裏切るからである」
「互いに生命を捨てて愛し合う覚悟を固めたならば、よくよく性根を見極めねばならない。この段階でもダメだと見切ったら、一切の未練を断ち切って拒絶すべきだ」
「相手が『拙者のどこがダメなのか』とすがって来ても、理由を一切言ってはならない。どうせ『悪いところは直すから』などと引き止めを図るだろうが、それで直るなら元からとうに直っているものである。相手に余地を残してはならない」
「だからかけるべき言葉はただ一つ。『生命がある内に言うべきことではない』と。これで引き下がればよし、なおもすがりつくような卑怯未練の振る舞いを見せるならば、これは斬り捨てるよりあるまい」
「また、そなたが年長者として若衆を迎え入れることを見届ける時も、基本は同じである」
「『この者のために生命を捨てられるだろうか』五、六年も真摯に想い続け、それが振る舞いに実践できれば、相手も認めてくれるであろう。逆に言えば、それが酌みとれぬような男ならば、その程度と諦めもつくだろう」
「なお、男を愛し女も愛する二道は厳に慎まねばならない。性別は違えど、同時に二人を誠実に愛し抜くなどできないからである」
「二人の主君に対して同時に忠義を尽くせるか、考えてみれば解ることだ」
「とにもかくにも、武士として奉公に励むと共に、文武に己を高め続けよ。それでこそ武士道に適うのだから」
……との事です。